いぶお腹が空いてきたので、アレクサンドル・ネフスキー聖堂の前の坂道を下り、トーンペアから下町へと戻る。下町にはたくさんのレストランがあって、英語メニューの看板を掲げているところも何軒もある。

、相場がわからず、フィンランドから比べたらもちろん安いけれども、果たしてどの程度の金額のレストランで食べるのが、妥当なのかわからない。何軒もまわってメイン料理の金額を比べて見ることにした。

【3日目後半】トイレ事件

■アレクサンドル・ネフスキー聖堂

文した後にウェイターにトイレの場所を聞いて、トイレに行く。そしてここからが、travel column 025でおなじみのトイレ事件のはじまりはじまり。トイレは階段を5段ほど下りた場所にあった。鍵が堅かったのだが、無理やり力ずくで回してかけた。

を足して、さて外に出ようと鍵を回すが、回らない。左に回しても、右に回してもビクともしない。落ち着いてもう1回、でもダメ。焦るワタシ。でも、焦れば焦るほど息苦しくなる。"どうしよう、もしこのまま鍵が開かなかったら鍵を壊してもらって外に出ないといけないの?"そんなことになったら、弁償代はいくらかかるんだろう・・・あれこれ考え、更に不安が増す。ああ、どうしよう!
ッとして席に戻ると、既にエビのクリームスープとパンと炭酸水が用意されていた。スープのお味はと言うと、一口目は結構おいしいと感じたのだが、何口か食べるにつれて、塩辛く感じるようになってきた。パンと一緒に食べればいいのだろうけれど、今、パンを食べてしまうと、メインを食べることが出来なくなってしまうのではないか!と思い、ひたすらスープに集中する。

してメインのチキン・キエフがやってきた。うわ、これまた量が多そう。ちょっと想像していたのと違うし。味はと言うと、やはりマズイワケではないのだが、異常に塩辛い。これでもか、これでもかと言うくらい塩を大量に使用している感じ

■エビのクリームスープ、クルトン添え

■チキン・キエフ

■Linda Lineのフェリーチケット。
購入の際には、帰りのフェリーの時間を指定しなければならない。

2004年10月4日(月)





店の名前は忘れてしまったのだが、ラエコヤ広場からほど近い、半地下にあるエストニア料理のレストランが、何となく落ち着いていて、料金も他のレストランと比べても大差ないような気がしたので、そこに入ることにした。

んだ料理はこちら。エビのクリームスープ、クルトン添えと、チキン・キエフと、炭酸水。チキン・キエフってロシア料理じゃなかったっけ?キエフって言うくらいだし。とちょっと思ったりしたのだが、ロシアの影響を受けた料理が多いだろうし、あってもおかしくないか。



員に気づいてもらう為、ドアをバンバン叩いてドアノブをガチャガチャ回す。でも、誰も来てくれた気配がない・・・あああああ・・・・更に慌て、もっと大きな音を出してドアをバンバン叩く。ドアノブをガチャガチャ回す。そして「すみません!ドアが壊れました!!」と叫んだ。

っとドアの前に人が来てくれた気配がする。「はい、落ち着いてー!右回して、そして左回して・・・・etc.」と言われたとおりに回すと、簡単に「ガチャッ」と開いた。開いたドアの向こうには、ホッとした顔の店員さん2名。「ごめんなさい。。。。」でも無事にトイレから出られて良かった。

この国の人たちは味覚障害なのか!それともこのレストランだけなのか!毎日毎日こんなに塩辛いモノを食べていたら、あっと言う間に成人病になってしまう。結局全部食べきることが出来ずに残してしまった。

腹もいっぱいになったので、後はブラブラと旧市街の中を散策した。そして、18時発のフェリーに乗る為、ちょっと早目だが、港までノンビリと戻る。港で、すぐにチェックイン。待合室にもポツポツと乗船客がやってくる。物価の安いエストニアで、大量に酒類を購入して、フィンランドに戻る人達。そうまでして、酒を飲みたいか!!(そりゃ、飲みたいだろうよ。)

1時間半の船旅は、グッスリと眠ってしまい、気づいた時は真っ暗闇のヘルシンキに到着していた。夜になり、急激に気温も下がっており、まさに震えながら、30分程歩いて宿に帰り着いた。とても充実した、満足な1日だった。
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